こんにちは、赤井ひろ美です。
9月の終わりに、奈良県の天川村へ行ってきました。今回の旅のいちばんの目的は、人生初の滝行です。

以前からずっとやってみたかったことのひとつで、ようやく念願が叶いました。場所は、天川村にある大峰山龍泉寺さんです。
「あ、いける」
滝に入る前は、「ちゃんとできるかな」「冷たくて耐えられなかったらどうしよう」と少し緊張していたのですが、いざ入ってみると、最初の感想は「あ、いける」でした。
もちろん水は冷たいし、上から落ちてくる水はかなり重たい。でも、思っていたほどつらくはなかったのです。
先達さんに教えていただいたとおり、「懺悔、懺悔、六根清浄(さんげ、さんげ、ろっこんしょうじょう)」と、ひたすら唱え続けます。

髪の毛が顔に張りついているのが何気に気になっている、雑念まみれの私です(笑)。
ぼそぼそつぶやくのではなく、お腹から思いきり声を出します。これがなかなか大変。水に打たれながら声を出し続けるので、息を吸うときにがんばって吸わないと、空気が入ってこなくて驚きました。
頭の中に浮かんできたこと
最初のうちは、いい感じで集中できていました。ところがしばらくすると、頭の中にいろいろなことが浮かび始めました。
「これ、いつまでやるんだろう」
「もう何分くらいたったかな」
「こんなに長くやっていていいのかな」
「先達さんも疲れちゃわないかな」
「寒い中、みんなを待たせたら申し訳ないな」
……おいおい。あなた、今何しに来ているの?
せっかく念願の滝行をしているのに、私の意識はいつの間にか、滝の外にいる人たちへ向いていたのです。
そのうち頭がぎゅーっと締めつけられるような感覚が出てきて、視界も少し傾いてきた気がしたので、「ここで倒れたら、それこそ大迷惑だ!」と思って滝から出ました。
私を滝から出したもの
体に異変を感じたら無理をしないことは、もちろん大切です。だから、やめたこと自体を後悔しているわけではありません。
ただ、終わってから振り返ってみて、とても興味深いことに気づきました。
私を滝から出したのは、水の冷たさやつらさよりも、自分の頭の中に湧いてきた思考、いわゆる「雑念」だったのです。
このことは、また次の記事で書きますね。
